2015年11月 がんと診断される

肝膿瘍だったはずが実は肝臓がん、診断を受け入れ辿り着いた答えは「前向きに生きたい」


診断結果は肝臓がん。悲しさよりも驚きの方が強かった

がんと診断されたきっかけは、通院先で行った生検。もともと1年ほど前から不正出血が止まらず、急性貧血により救急車で家の近くの総合病院に運ばれたんです。

当初、婦人科系の疾患を中心に検査を行ったのですが悪いところが見つからなくて…。でもどこかに必ず異常があるはずと全身のCTを撮ってもらったら、肝臓があやしいと。さらに調べた結果、私の肝臓には膿が溜まっているらしく肝膿瘍(かんのうよう)と診断されました。

それから、月1〜2回程度の通院生活が始まりました。でも通っても通ってもなかなか症状が改善せず。通院から1年が経った頃、医師ともなかなか症状が良くならないねとの話しになり、念のためといった感じで肝生検を受けることに。

診断結果は肝臓がん。医師からは肝膿瘍と言われてきていましたし、自分自身も若いからがんではないだろうと思っていたので、診断結果を聞いたときは、悲しさよりも驚きの方が強かったです。

がんの告知に母と呆然。転院することで意見が一致する

がんの告知を受けたときは、母も私もただただ呆然。1年も通院し続けてようやく下りた診断結果ががんだなんて…。母は実家から折に触れて上京し、一緒に病院に立ち会ってくれていましたから、なおさら徒労感があったのではないでしょうか。

医師から告知と同時に「腫瘍のサイズが大きいのですぐに手術を受けた方がいい。ただ、当院は執刀経験が少ないので他の病院を勧めます」と告げられました。

もともと1年間も通っていて原因が分からなかった病院。そこで手術を受けたいという気持ちは起きず、がんの告知を受けた時点ですぐに他の病院に移りたいと考え始めました。

診察室を出て、病院の喫茶室で母と話をしたら母も私と同意見。気持ちを切り替えて次の病院を探そうということで意見が一致しました。

無性に悲しくなってしまったことも。辿り着いた答えは、がんと向き合って前向きに生きたい

実は、母も別の部位ですががん経験者。私がまだ幼かった頃でしたので、あまり記憶はなかったのですが。母にとっては初めてのがん告知ではなかったからか、妙に落ち着いている印象もありました。がんの罹患経験がある母に寄り添ってもらえてとても頼もしかったです。

診断を受けたときは驚きで呆然としていたのですが、日が経つにつれ「私、この先どうなるんだろう?」って考えてしまうように。まだやりたいことも沢山あるし、「そもそもなんで私ががんに?」とネガティブな考えが頭をめぐるようになったんです。

母との対話を通して辿り着いた答えは、「もっと前向きに生きたい」。ネガティブなことに捉われるんじゃなくて、がんと向き合って前向きに生きたいと思えるようになりました。

親友にだけがんの告知を伝える。辛い気持ちを吐き出せた

がんを告知されたと伝えたのは、家族と職場くらい。ほとんどの友人に伝えませんでした。ただ、高校時代からの親友にだけはすぐに連絡をしました。彼女には不正出血で搬送されたときから病状について色々と話をしていたんです。

確定診断の日の朝も「今日は結果聞きに行くよ」って事前に連絡をしていました。何でも話ができる間柄ということもあり、全てを報告していたんです。

がんだと分かったときもすぐに電話しました。「マジで私がんだった!」って。電話しながら思わず泣いちゃったんですけど、彼女は電話越しに泣くのを堪えながら親身になって話を聞いてくれたんです。私のネガティブな気持ちを受け止めてくれたことは、これからの治療を前向きに考え直すきっかけになりました。

何でも話ができる親友の存在は闘病中のみならず、治療後の人生にとっても大きかったですね。

 

がんを経験された個人の方のお話をもとに構成しており、治療等の条件はすべての方に当てはまるわけではありません。

新型コロナウイルスの影響によりテレビ会議を用いて取材を行ったため、写真は後日追加予定です。

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